グループ展
リリアン・バスマン、ヴィヴィアン・マイヤー、ウィリアム・クライン、オロール・ドゥ・ラ・モリヌリ、サラ・ムーン、須田一政、野村佐紀子、稲嶺啓一(東風終)
開廊時間|火〜土 11:00–19:00 (土 13:00–14:00 CLOSED)
休廊日|日・月・祝日
このたび、Akio Nagasawa Gallery Ginzaでは、8名の作家によるグループ展を開催いたします。
本展では、今後個展を予定しているリリアン・バスマンをはじめ、これまで弊廊にて紹介をしてきた作家たちの作品をご紹介いたします。
それぞれ異なる視点と表現によって生み出された作品群を、ぜひこの機会にご高覧ください。
Press images:
Lillian Bassman
Anne Saint Marie, Chanel Advertising Campaign, 1958 (printed later), Gelatin silver print
Vivian Maier
0143304. Untitled, Self-portrait, 1953 (printed later), Gelatin silver print
Issei Suda
Ueno, Tokyo, from Fushikaden, 1975 (printed in 2012), Gelatin silver print
Sakiko Nomura
Lirio, 2025, Lambda print
アーティスト
リリアン・バスマン
Lillian BASSMAN
リリアン・バスマン(1917–2012)は、ファッション写真に革新をもたらした写真家として知られる。名門ファッション誌『Harper's Bazaar』の伝説的アートディレクター、アレクセイ・ブロドヴィッチの薫陶を受け、編集およびファッション写真の世界へと足を踏み入れた。
1945年末、『Harper's Bazaar』の姉妹誌として10代の少女向けに創刊された『Junior Bazaar』では、ブロドヴィッチの強い要望により、彼と共同でアートディレクターを務めた。革新的な誌面デザインを手がける一方で、リチャード・アヴェドン、ロバート・フランク、ルイス・フォーラーといった後に写真界を代表する作家たちの作品を積極的に紹介し、自身も写真家への道を志すようになる。
『Harper's Bazaar』在籍中には、昼休みに暗室へ通い、ファッション写真家ジョージ・ホイニンゲン=ヒューンのプリント制作を手伝いながら、ティッシュやガーゼを用いて画面の一部だけに焦点を与えたり、漂白剤で階調を操作したりする独自のプリント技法を習得した。
1994年に『B&W Magazine』のインタビューでバスマンは、「写真を撮り始める以前から、自分自身のプリント技法を確立したいと思っていました。輪郭は柔らかく、トリミングされた画面を求めていたのです。カメラが見たものとは異なる、新しいヴィジョンを創り出したかった」と語っている。
1947年、アヴェドンがパリ・コレクションの撮影で渡欧した際には、彼のスタジオとアシスタントを借り受けて写真制作を続けた。その後、ランジェリーメーカーとの重要な仕事を獲得し、1948年5月発行の『Junior Bazaar』最終号では、自身が撮影したウェディング写真による7ページの特集「Happily Ever After」が掲載された。
以後、ランジェリー、化粧品、テキスタイル広告で活躍し、細身で首の長いモデルたちを詩情豊かに描いた作品で高い評価を得る。とりわけランジェリー写真では、それまでの重厚で実用的なコルセット広告のイメージを一新し、軽やかさと洗練、そしてグラマラスな美しさをもたらした。
1997年、『The New York Times』のインタビューでは、「子ども、食品、お酒、タバコ、ランジェリー、美容製品まで、写真にできるものは何でも撮影しました」と当時を振り返っている。
1917年6月15日、ニューヨーク・ブルックリンに生まれ、ブロンクスで育つ。ロシアから移住したユダヤ系移民の両親のもと、自由な環境で育ち、15歳のときには後に夫となるドキュメンタリー写真家ポール・ヒンメルとの同居を認められた。
マンハッタンのTextile High Schoolでテキスタイルデザインを学び、その後、Pratt Instituteで夜間のファッション・イラストレーション講座を受講。自身の作品をブロドヴィッチに見せたことをきっかけに、その才能を認められ、授業料免除でThe New School for Social Researchの「Design Laboratory」へ迎えられた。そこでファッション・イラストレーションからグラフィックデザインへと軸足を移し、1941年には『Harper's Bazaar』でブロドヴィッチの無給アシスタントとなる。その後、Elizabeth Ardenで働いたのち、ブロドヴィッチ初の有給アシスタントとして再び迎えられた。
師譲りの大胆な感性を持つバスマンは、『Junior Bazaar』でグラフィカルかつ実験的な誌面づくりに取り組んだ。2006年には『Print』誌のインタビューで、「ある週は“緑色だけ”をテーマに決め、デザイナーには緑の服、緑の口紅、緑の髪……すべてを緑で統一してもらいました」と語っている。
広告以外の作品も『Harper's Bazaar』に数多く掲載され、ミューズであったバーバラ・マレンをはじめ、ドヴィマ、スージー・パーカーら当時を代表するモデルたちと親交を深めた。しかし1960年代のファッションの変化には共感できず、「モデルたちはスーパースターになり、私が求める存在ではなくなった。彼女たちは指示を受けるのではなく、自ら指示するようになってしまった」と後年振り返っている。
1969年、写真業界への失望から商業写真のネガの大半を自ら廃棄した。一方で100点以上のエディトリアル用ネガはゴミ袋に入れたまま、ニューヨークの自宅に保管され、その存在は長く忘れられていた。
1970年代半ばにはファッション界を離れ、果実や花、街路のひび割れ、ボディビル雑誌をもとにした男性の身体などを大型カラー写真で制作するなど、個人的な作品へと専念する。
転機が訪れたのは1990年代初頭である。ファッション史家・キュレーターのマーティン・ハリソンが、自宅で眠っていたネガを発見し、再び向き合うよう勧めたのである。バスマンはそれらを新たな視点でプリントし直し、1940年代から試みてきた漂白や調色などの暗室技法を駆使して、より抽象的で神秘的な作品へと再解釈した。
彼女自身が「リインタープリテーション(再解釈)」と呼んだこれらの作品は、新たな世代の支持を集め、作家としての再評価へとつながる。世界各地で展覧会が開催され、ハンブルクのDeichtorhallenでは夫ポール・ヒンメルとの回顧展が実現したほか、1993年にはロンドンのHamiltons Galleryで個展を開催。その後もパリのCarrousel du Louvreでの展示や、1996年には『The New York Times Magazine』からパリ・オートクチュール・コレクションの撮影を依頼されるなど、華々しい復活を遂げた。最後のファッション撮影は、2004年の『German Vogue』であった。
作品集には『Lillian Bassman』(1997年)、『Lillian Bassman: Women』(2009年)などがあり、その繊細で夢幻的なモノクローム表現は、20世紀ファッション写真を代表する独自のスタイルとして高く評価され続けている。
(出典:William Grimes, “Lillian Bassman, Fashion and Fine-Art Photographer, Dies at 94,” The New York Times, 2012年2月13日)
ヴィヴィアン・マイヤー
Vivian MAIER
1926年ニューヨーク生まれのヴィヴィアン・マイヤーは、シカゴのノースショアで約40年もの間ベビーシッターとして働きながら、余暇を使って写真撮影をしていたアマチュア写真家です。作風はいわゆるストリートスナップで、生前は作品を一度も発表することがなかったため、2009年に無名の写真家として生涯を閉じました。しかし、彼女の死後、膨大に残されたネガやプリント類を手に入れたコレクター、ジョン・マルーフによりその存在が発見され、彼によって彼女の作品がインターネット上にアップロードされると、彼女の作品の持つ高いクオリティーは世界中のアートファンの知るところとなりました。2013年に、彼女の生涯を追ったドキュメンタリー映画『ヴィヴィアン・マイヤーを探して』が発表されると、彼女の作品は謎多き人生と共に熱狂的に受け入れられ、現在では彼女の作品は世界中の美術館やギャラリーで展示されています。
ウィリアム・クライン
William KLEIN
1928年ニューヨーク市生まれ。
1955年からファッション写真を撮影、キャリアをスタートさせる。1956年『ニューヨーク』を刊行。ブレ、ボケなど従来の写真のタブーを破り大胆に表現、そのスタイルは今なお多くの写真家に影響を与え続けている。『ニューヨーク』の後、『ローマ』(1959)、『モスクワ』『東京』(1964)を相次いで制作。
活動は写真にとどまらず、1958年より映画制作を行い、1966年にファッション界を題材とした映画『ポリー・マグーお前は誰だ?』公開。
1995年にはサンフランシスコ近代美術館で個展を開催し、欧州中心だった評価がアメリカにおいても高まる。2005年パリのポンピドゥー・センターで『ウィリアム・クライン・レトロスペクティブ』展開催。2012年には森山大道との二人展『William Klein + Daido Moriyama』がロンドンのテート・モダンで開催され、写真界のみならずファッション界や映画界でも大きな話題を呼んだ。日本では2004年に東京都写真美術館で『PARIS+KLEIN』展が開催された。
芸術文化勲章「コマンドール」(1989年)、「ハッセルブラッド国際写真賞」(1990年)他数々受賞。
2022年9月パリにて逝去。
オロール・ドゥ・ラ・モリヌリ
Aurore de La Morinerie
アーティスト・イラストレーター
1962年、フランス西部の都市サン=ロー生まれ。80年代にパリのデュペレ応用美術学校をファッションデザイナーとして卒業。同時期に、書道と中国絵画を勉強し、その後の彼女のスタイルに強い影響を与える。1990年初頭にファッションイラストレーターとして成功を収め、そのキャリアを確立。
エルメスやシャネル、カルティエ、オメガ、ティファニー、メゾン マルジェラ、リック・オウエンス、イッセイミヤケをはじめとするメゾンや、プランタン(パリ)、ニーマンマーカス、H&M、IKEAなどの企業へ向けたドローイング作品を手がけるほか、新聞「Le monde」(フランス)や雑誌「Harper’s Bazaar」(US、UK)、「ELLE」(フランス)などの出版物や広告へも定期的にイラストレーションを描く。
ミュンヘンのGallery Bartsch & Chariauに所属。主な展覧会歴は、デザイン・ミュージアム(ロンドン、2010年)やThe Museum für Kunst und Gewerbe Hamburg(ドイツ、2015年)などがある。パリのガリエラ美術館より依頼を受け、2013年に開催された「Azzedine Alaïa」展カタログのためにイラストレーションを寄稿。「Azzedine Alaïa」シリーズの10作品はガリエラ美術館のグラフィックアート常設コレクションの一部となっている。現在も、パリを拠点に精力的に制作活動を行う。
写真:ADAGP 2024 _ Photo Agence Mue
サラ・ムーン
Sarah MOON
1941年フランス生まれ。モデル業のかたわら写真を撮り始め、70年から写真家として活動を開始。ファッション誌のエディトリアルやブランド広告のほか、コマーシャル制作、映像なども手掛る。
79年、カンヌ広告フィルムフェスティバル、キャシャレルのフィルムに全ての広告フィルムのグランプリ・金獅子賞受賞。86年『小さな赤頭巾』を出版し、ボローニュこどもの本大賞を受賞。95年、パリ写真大賞受賞。同年、パリ国立写真センターにて回顧展を開催。2008年刊行の『Sarah Moon 12345』にてナダール賞を受賞。
日本では、2002年、04年に何必館・京都現代美術館にて展覧会を開催した。
夢の中の物語のような幻想的な作品に魅了された熱狂的なファンを世界中に多く持つ。
須田一政
Issei SUDA
1940年東京都生まれ。62年に東京綜合写真専門学校を卒業。67年より寺山修司が主宰する演劇実験室「天井桟敷」の専属カメラマンとなる。71年よりフリーランスの写真家として活動を開始。76年、『風姿花伝』にて日本写真協会新人賞を受賞し、一躍注目を浴びる。
その後、83年に写真展「物草拾遺」等により日本写真協会年度賞を受賞。85年に「日常の断片」等により第1回東川賞国内作家賞を、97年に写真集『人間の記憶』により第16回土門拳賞など受賞多数。2013年には東京都写真美術館にて大規模な回顧展「凪の片」が開催された。
現実と非現実の間に漂う一瞬を捉えたその作品は近年とみに海外での評価も高い。
主な作品集に『風姿花伝』(78)、『わが東京100』(79)、『紅い花』(2000)、『私家版・無名の男女』(2013)他。Akio Nagasawa Publishingより『風姿花伝(完全版)』(2012)、『一九七五 三浦三崎』(2012)、『Early Works 1970-1975』(2013)、『Childhood Days』(2015)、『Rei』(2015)、『GANKOTOSHI』(2019)、『NEW LIFE』(2020)、『無名の男女(東京1976-78年)』(2021)、『関東風譚』(2022)、『物草拾遺』(2023)など多数。
野村佐紀子
Sakiko NOMURA
1967年山口県下関市生。九州産業大学芸術学部写真学科卒業後、91年より荒木経惟に師事する。93年に初の個展「針のない時計」を開催以降、国内外で精力的に個展・グループ展を行い高い評価を得ている。2015年フランスにて開催された日本人アーティスト8名によるグループ展「Another Language」展(アルル国際写真フェスティバル)に出展、世界中の人々より称賛される。2025年スペイン・マドリッドのFundación MAPFREにて個展「Tender Is the Night」開催。現在、今後の活躍がもっとも期待されるフォトグラファーのひとり。
主な写真集にAkio Nagasawa Publishing発行の『黒闇』(08)、『もうひとつの黒闇/Another Black Darkness』(16)、『十代目松本幸四郎 残夢』(17)、『春の運命』(20)、『ノクターン』(22)の他、『裸ノ時間』(97、平凡社)、『夜間飛行』(08、リトルモア)、『NUDE/A ROOM/FLOWERS』(12、MATCH and Company)、『TAMANO』(14、リブロアルテ)、『雁』(16、Bcc co.,ltd)、『Ango』(17、bookshop M)、『愛について』(17、ASAMI OKADA PUBLISHING)など多数。
稲嶺啓一(東風終)
Keiichi INAMINE (Kochishun)
沖縄県出身の写真家。1983年に「クリエイターズ」を立ち上げ、東風終(こちしゅん)の名義で写真集を出版。1991年に解散した後、1994年に東風写真事務所を設立した。写真集『月の日』(東風写真事務所)では、男性モデルに金粉を塗り、自身の審美眼で選び抜いた着物や装飾、照明により、神聖さを帯びた表現へと昇華している。続く『一瞬の肖像』(コチスタジオ)では、スポーツマンの俊敏な瞬間を鋭く切り取り、肉体の緊張や時間の儚さを独自の視点で捉えた。2000年以降は、全国各地のライフセーバーや祭りを撮り続け、日本人の身体美の表現を探求し続けている。本展にて刊行する『幻花青年』には、幻想的な余韻の中に朧げに浮かび上がる青年や清廉な花など、稲嶺啓一が長年追求してきた「美」の理念を凝縮した作品群が収録されている。














