稀少
東松照明、土門拳『ヒロシマ・ナガサキの記録』
原爆投下された広島と長崎を世界にアピールするために原水爆禁止日本協議会(The Japan Council against A & H bomb)が1961年に発行した写真集。広島を土門拳が、長崎を東松照明が現地で撮影している。爆心地を表した函と表紙が印象的なデザインは、粟津潔、杉浦康平、志村和信によるもの。序文をノーベル物理学賞受賞者の湯川秀樹が執筆。
状態:経年劣化、ヤケ、シミ。函に破れ、傷みあり
- 判型
- 290 x 300 x 45 mm
- 製本
- ハードカバー、函、別冊冊子
- 言語
- 日本語/英語
- 発行年
- 1961
- 出版社
- 原水爆禁止日本協議会

東松照明
Shomei TOMATSU
1930年愛知県生まれ。
愛知大学在学中より写真の制作を行い、大学卒業後上京。
上京後は岩波写真文庫のカメラマンとしてそのキャリアをスタートさせる。
1959年に奈良原一高、細江英公らと設立したセルフ・エージェンシー“VIVO”、1974年に森山大道、荒木経惟らと開校した“WORKSHOP写真学校”に参加、戦後の日本の写真界を牽引する中心人物として活躍。
基地周辺の人物や風景をとらえた「占領」シリーズをはじめ、原爆の記憶を辿った『〈11時02分〉 NAGASAKI』(1966年)など、時代状況への鋭い視線とともに、写真表現の可能性を切り開いてきた。
1969年に沖縄と出会って以後、基地だけではなく豊かな自然や風俗への関心も深め、作品集『太陽の鉛筆』(1975年)を刊行。1999年には長崎へと拠点を移し、その後沖縄にも拠点を作り、旺盛な作品制作を展開。
主な個展に「日本列島クロニクル―東松照明の50年」東京都写真美術館(99年)、 「東松照明の写真 1972-2002」展京都国立近代美術館(03年)、「写真家・東松照明 全仕事」名古屋市美術館(11年)など。2007年までアメリカ、ヨーロッパ各地を巡回した「Shomei Tomatsu: Skin of the Nation」サンフランシスコ近代美術館(04年)など海外での展覧会も多数開催。
2012年肺炎により逝去。